例会日時 月曜日 12:30〜13:30
 例会場 湘南信用金庫北久里浜支店 2階
 事務所 〒239−0807  横須賀市根岸町3−3−18
  湘南信用金庫北久里浜支店内
  TEL&FAX 046−837−1211

E-mail:

yokosuka-sw-rc@dnsip.ne.jp

URL:

http://www.dnsip.ne.jp/~yokosuka-sw-rc
 会長 折笠    仁志
 副会長 坂本    喬彦
 幹事 安田      治
 会報委員長 大橋    昭夫

RIテーマ “The Future of Rotary Is in Your Hands”

国際ロータリー会長 
ジョン・ケニー
(
スコットランド グランジマウスRC)

第2780地区ガバナー
奥津 光弘
(秦野中RC)

第1518回例会週報

2010年2月1日(月)

■斉唱 『君が代』
■合唱 『奉仕の理想』
■唱和 『四つのテスト』
■ゲスト紹介

芳賀 久雄様
文化資源学会会員
三浦一族研究会会員

 

■ビジター紹介

横須賀南ロータリークラブ
雑賀 政徳様

横須賀ロータリークラブ
新倉 定治様
■会長報告 *ガバナー事務所より、「米山奨学生終了学生終了式・歓送会開催通知」受領。
   日時:平成22年2月21日(日) 14:30〜
   場所:藤沢産業センター 6F
   登録締切り:平成22年2月12日(金)
*ガバナー事務所より、「広報委員会よりアンケートのお願い」受領。
   締切り:平成22年2月17日(水)
*米山より、「確定申告用領収証」受領。
■幹事報告 *横須賀北RCより、週報受領。
*ロータリーの友2月号、ガバナー月信�bV受領。
■出席報告

■出席報告

会員 出席 免除会員
出席
本日の出席率 前週メークアップ前  前週メークアップ後
18名 15名 7名 88.23% 88.89%

88.89%

■誕生祝 ■夫人誕生祝

西田 金忠会員
折笠 仁志会員
新中 宗光会員

西塚 千代子様
大橋 和子様

■入会祝        

   なし

       
■メークアップされた会員
なし
■ニコニコボックス報告
1 雑賀  政徳様 よろしくお願い致します。
2 新倉  定治様 おじゃまいたします。よろしくお願い致します。
3 折笠  仁志君 芳賀様、本日はよろしくお願いします。雑賀様、新倉様ようこそ。
4 坂本  喬彦君 本日のゲスト芳賀様、よろしく御願いします。雑賀さん、ご無沙汰しています。よろしく御願いします。
これらか夜は雨か雪になるようです。
5 安田     治君 芳賀様、今日宜しくお願いします。
6 藤田     武君 芳賀様、卓話を楽しみにしています。雑賀さん、新倉さんよくいらっしゃいました。
7 井上  祐一君 卓話者に芳賀久雄氏をお迎えして。雑賀様、新倉様ようこそお出でくださいました。
8 真木  英一君 新倉様、ようこそ。
9 三橋  仁男君 卓話、よろしくお願い致します。
10 大橋  昭夫君 妻に誕生祝ありがとうございます。芳賀様、卓話よろしくお願い致します。
11 菱沼  正喜君 芳賀様、今日の卓話楽しみにしております。新倉さん、雑賀さんよくいらっしゃいました。
12 宮本  清志君 今日は寒くなりました。寒さは歳に関係ありませんね・・・。
13 西田  金忠君 又、又誕生日を迎え、今年は年男となり、体力の衰えを感じています。目がかすみ、酒は弱くなりました。
雑賀さん、新倉さんようこそいらっしゃいました。
14 森     勇人君 芳賀様、卓話よろしくお願い致します。雑賀様、新倉様よくおいでくださいました。
15 西塚  五郎君 妻に誕生祝ありがとうございます。芳賀様、卓話よろしくお願いします。
雑賀さん、新倉さんいらっしゃいませ。
16 新中  宗光君 誕生祝ありがとうございます。芳賀さん、卓話よろしくお願いします。
17 小関  正剛君 今夜から雪模様です。早めに帰宅しましょう。芳賀様、卓話楽しみにしています。

前日計

462,000円 本日計 30,000円 累計 492,000円

■卓話者紹介
●雑賀 政徳様
 

昨年度GSEでは大変お世話になりました。
芳賀久雄さんは文化資源学会会員、三浦一族研究会会員です。
平成20年9月、横須賀文化振興課・観光課、商工会議所観光サービス部会合同で立ち上げた
三浦一族プロジェクト推進委員会にも所属されています。
三浦一族プロジェクト推進委員会は平成21年10月に県立福祉大学で、
記念講演:直木賞作家永井路子先生『三浦氏こそ相模のもののふ』
パネルデスカッション「夢を紡ぐもののふ〜三浦一族とその伝承〜」
を開催しました。
本日は三浦一族の初歩をお話しいただきます。
■卓話「三浦一族を訪ねて」
●芳賀 久雄様
 

私が所属している三浦一族研究会は平成8年(1996年)5月に設立され、約300名の
会員が在籍しています。
日常活動は講演会、研究発表会、歴史散歩、歴史講座、基礎講座、
「吾妻鏡」講読会(文章を訳し理解するだけでなく、歴史的事柄、当時の習慣や
考え方も勉強しています。 )、機関誌「三浦一族研究」の発行を行っています。
三浦一族がいかに全国に繁栄していったか、歴史を学ぶ題材としては興味深く、
歴史を掘り起こし、研究することで“まち”に対する愛着を深め、
郷土の誇りとしていただきたいとも思っています。
三浦一族研究(横須賀市のHP)
●平安時代末期における武士のおこり
1. 平安時代末期のようす
     藤原氏一門が中央政府の官職を独占
     ↓
藤原氏以外の貴族で才気のある者は、京都を去って地方へ下る
↓
豪族に成長
↓
地方が乱れて犯罪が多くなる
↓
豪族たちは広大な土地や財産を自衛する必要
↓
武士が起こる
2. 平将門の乱
平氏、源氏の成長
↓
勢力争い、同族間の争乱
↓
平将門、天慶2年(939年)に下総・上野・下野・相模・武蔵・常陸、
現在で言う、関東の一都六県をほぼすべて攻略し、京都の中央政府に反旗
↓
自らを新皇と称する・独立政府
↓
平貞盛・藤原秀郷らが将門を亡ぼす
↓
武士たちの心の中に平将門英雄伝説
↓
武士も立ち上がれば、朝廷に代わって天下を取れるという確信
↓
平忠常の乱
3. 三浦為通
源頼義にしたがって前九年の役に出陣して戦功
↓
恩賞として三浦半島の全部を賜る
↓
初めて三浦氏を称した
4. 保元の乱、保元元年(1156年)
勝利(藤原忠通側) 源義朝、平清盛
敗北(藤原頼長側) 源為義、源為朝、平忠正
◎武士の実力が認識され、貴族は強力な武士に頼らなければ権勢を得られないことが証明
5. 平治の乱、平治元年(1159年)
勝利(藤原通憲側) 平清盛、平重盛
敗北(藤原信頼側) 源義朝、源義平、源頼朝
◎貴族の権威を利用して武士自身が自らの手によって天下の覇権を争うようになった戦い。
   ↓
   武家政治の兆し→源氏は負けて平家の全盛時代(20年間)
   戦いに敗れた源頼朝は、父と別れる。その後、父義朝は尾張で殺され、自分は美濃で
   捕らえれて六波羅へ送られる。
   ↓
   清盛の母である池禅尼の願いによって一命を助けられ、1160年(永暦元年)、
   伊豆の蛭ケ小島に流される。(14歳)
   「平氏にあらざれば人にあらず」
●頼朝の挙兵と三浦一族
1. 頼朝挙兵 治承4年(1180年)
4月9日、以仁王の令旨を諸国に潜んでいる源氏に伝える。
↓
源頼政は平氏に追撃され、宇治平等院自殺。
↓
以仁王も、流れ矢に当たって亡くなる(5月26日)。
↓
6月、京都から使者が来て、頼朝に伝える。
「頼政が敗れたので、陸奥に逃れて平家の難を避けるよう」
↓
京都から三浦義澄と千葉胤頼が伊豆の頼朝のもとに参上
↓
頼朝は、妻である政子の父・北条時政らと相談
↓
挙兵を決意
源氏の家人に使いを送り、平家追討への参加を促す
三浦大介義明「今年89歳。年老いて病気の身体に、残された命は長くない。
今、こうした事態に立ち向かえることは、老いた身にとって喜びである。
わが三浦家の繁昌というものだ」(源平盛衰記)
2. 頼朝の思案
�@奥州に逃れるか、戦うか。
�A山本兼隆の討伐が成功した場合、まず相模を平定。
�B鎌倉によって関八洲を平定。
�C計画が失敗したら安房にわたり、三浦勢の力を頼る。
�D運を天に任せる。
↓
8月17日、三島神社の祭礼。神前で戦いの成功を祈願、挙兵を決行。
平家の目代(代官)である山本兼隆を襲う。
3. 石橋山の合戦
8月23日、北条時政ら、伊豆や相模の住人300騎により石橋山に陣を進める。
(義明の弟・岡崎義実もいた)。
↓
大庭景親ら3000騎、伊東祐親300騎、頼朝勢を襲う態勢。
↓
8月23日の夜、頼朝軍に対して戦いを挑む。
↓
8月24日、伊東祐親・大庭景親3300騎、頼朝軍を追う。
↓
頼朝勢、退散。
頼朝は土肥実平の考えにより、箱根山の中で、臥れた木の中に身を潜める。
↓
平家方の梶原景時、頼朝が潜んでいることを知っていながら、「人影なし」と
報告、山を降りる。
↓
頼朝、真鶴岬の岩海岸から船に乗り、安房へ向かう。(鋸南町)
4. 衣笠合戦、そして落城
8月26日、大手:義澄と義連、搦め手:義盛と金田頼次、中の陣:大多和義久、
本丸:義明、津久井義行
攻撃軍、大手:河越太郎重頼、搦め手:畠山重忠
夜になって義明は一族郎党を集め、「軍はするべきことはした。人の笑われ草に
なることはあるまい。」「義明をここに捨てて安房へ逃れ、佐殿にたずねあい、
忠勤を励み、佐殿を大将軍にしてやれ。」
↓
江戸太郎重長の兵に切られる。
↓
三浦勢は、怒田へ出て、夜明に船に乗って安房へ向かう。
5. 三浦氏はなぜ頼朝の挙兵に応じたのか〜三浦一族と源氏との結びつき〜
以仁王の令旨→頼朝、反平氏のクーデター→頼朝は、関東の武士達に頼る
一般の坂東武者:所領安堵を望む、重税→中央政府に不信感、武士同士も弱肉強食の時代
↓
自分たちのリーダー(将門をイメージ)の出現を待ち望む。
頼朝優勢になると、なだれ現象のように頼朝の軍に加わっていく武将たち。
↓
頼朝自身も不信感

三浦一族の態度

頼朝と運命をともにすることを望む
打算を越えて頼朝に強力。義明の「亡びるもよし」。
元は平氏の出ではあるものの、恩顧になった源家の再興に力を注ぐ。(純粋な忠誠心)
↓
衣笠合戦時の三浦大介義明の毅然とした態度
↓
三浦氏と源家の強い絆・武士道的な緊密な主従関係。
○為通:前九年の役で活躍
○為継:後三年の役で活躍
○義継:源義朝・義平と組み勢力の拡大に努める。
三浦一族は終始一貫して、源家と密接な、また特別な関係を持っていた。

三浦氏

将軍家への忠誠>御家人への公平な政治
政治的手腕<忠誠心と強い武力

北条氏

関東御家人たちの心情・本音を理解
善政、評定衆という合議制を導入
武家政治についての理想>将軍親政

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